カテゴリ:201509ロシア( 18 )
10月19日(土) ロシア ピヨートル大帝夏の宮殿の庭園観光
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13:45昼食後、《ペテルゴフー》(約35km)

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14:15
ペテルゴフ着
《©ピヨートル大帝夏の宮殿の庭園観光》〈約1時間30分〉

ペテルゴフ宮殿(露)(ピョートル大帝の夏の宮殿)とその噴水庭園はロシアを代表する観光地のひとつである。
ピョートル1世の命により当時の先端技術を投入されて建設されたもので、ベルサイユ宮殿の影響が見られる。
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ペテルゴフの「夏の宮殿」は、ロシア・サンクトペテルブルクから西に約30km離れたフィンランド湾南岸に位置する宮殿と庭園である。中心の大宮殿を境にして「上の庭園」と「下の公園」に配置された、全体で20の宮殿と7つの公園から構成されている。庭園を進むと趣向を凝らした噴水に次々と出会う。庭園内の噴水の数は150を超える。
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ペテルゴフの建設は1714年、ロマノフ王朝第4代、ピョートル大帝から始まり、1723年に完成式典が行われた。建設地はそれまで小さな港以外に何もない場所だった。
ペテルゴフの噴水は15mほど高い宮殿の南側から、北の海側の低い庭園に下る水位差を利用している。噴水には大量の水が必要であることから、1920~21年、ペテルゴフ南方22kmにあるロプシャから水路や貯水池を経由して水を供給するシステムを造り上げた。
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その水源は地下湖であるという。最終的に、19世紀半ばまでに水路は総延長56kmに及んだ。そのうち21kmはカナールで、貯水池の総面積は21ha、貯水量は13万m3、パイプの総延長は30km、水門は26箇所設けられている。24時間噴水を出し続けることも可能である。
歴代ロシア皇室により拡大・装飾され離宮として利用されていたペテルゴフだが、1917年のロシア革命の後は博物館群として公開されている。
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by elfin05-2 | 2015-09-20 15:40 | 201509ロシア
10月19日(土) ロシア サンクトベルグ空港~モスクワ空港
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16:55
空港に向けて出発。(約29km)
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大地と空のキャンパスを描く雲。
近代的なマンションが建設中。
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空港近くのレストランで夕食。
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空港に到着。
現地ガイドイリナとお別れだ。
やさしい物言いの穏やかな好感の持てるガイドさんだった。
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《空路、モスクワヘ》
サンクトペテルブルグ発20:35 SU-0027
アエロフロート・ロシア航空
(所要時間約1時間15分)
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モスクワ着21:50着
バスにてホテルヘ。
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10:45ホテル着。
都会風の落ち着いたホテルだった。

宿泊ホテルイリスコングレス。
〈モスクワ泊〉
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by elfin05-2 | 2015-09-20 15:37 | 201509ロシア
10月20日(日) ロシア 朝食
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6:00 起床。
食堂の天井は目を現すデザイン。
「瞳」らしい。
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7:00 朝食。
今日は広く、中国人観光客もいたがそれほど迷惑ではなかった。
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8:00 集合
出発前に最後の買い物に走る。
ここは比較的安いらしい。
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by elfin05-2 | 2015-09-20 15:33 | 201509ロシア
10月20日(日) ロシア 赤の広場・聖ワシリイ大聖堂
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8:00出発。
道は工事中だったり、工事用車両がたくさん並んでいた。
近代的なビルも立ち並び、重厚な歴史的な建物も立ち並ぶ。
ここがモスクワか。
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赤の広場に到着。
赤の広場は、ロシアの首都モスクワの都心部にある広場である。
長さは695m、平均道幅は130m、面積は7万3,000㎡。

「赤」はソビエト連邦の社会主義に起因するものではなく、元々ロシア語では「美しい」という意味もあり、広場の名前は本来「美しい広場」というものであった。
広場は北西から南東に長く、南西側にはガガーリンやスターリン、片山潜などが眠るクレムリンの城壁とその中の大統領官邸、城壁に接しているレーニンの遺体が保存展示されているレーニン廟、北東側にはグム百貨店、北西端には国立歴史博物館とヴァスクレセンスキー門、南東端には葱坊主の屋根の聖ワシリイ大聖堂と処刑場・布告台だったロブノエ・メストがある。
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聖ワシリイ大聖堂
佯狂者ワシリイを記憶する小聖堂が加えられた事で、聖ワシリイ大聖堂の通称で親しまれる事となった。
中央の主聖堂を、それぞれがドームを戴く八つの小聖堂が取り囲んでいる。主聖堂、八つの小聖堂のそれぞれに至聖所があり、合計九つの聖堂が集まって一つの大聖堂を形成している。

生神女マリヤのイコンには8つの光線(突起)がある星が描かれることにもみられるように、は生神女マリヤの象徴である。またカザン戦の勝因となった日にちである7日と聖枝祭を祝う計8日との意味合いも込められている。8つの小聖堂が中央の生神女庇護大聖堂を取り囲んで支える構造は、8つの小聖堂が生神女に庇護される構造であるとも解釈される。

9つあるドームの全ての高さ・大きさ・装飾が異なるものとなっている。
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by elfin05-2 | 2015-09-20 15:30 | 201509ロシア
10月20日(日) ロシア モスクワ市街をさ迷う
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次のスケジュールはクレムリン観光の予定である。
悪いことに今日はモスクワでマラソン大会があり、赤の広場がゴール地点になっているらしく、設備が設置されていた。
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道路もマラソン大会が進むにつれ閉鎖され始めた。
たくさんあった工事用車両は道路を封鎖するための車両だった。
運転手もいささか焦っている様だ。
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クレムリンまではそれほど遠くないはずなのにモスクワ市街をくるくる回った。
同じビルをいろいろな方向から眺めることになった。
いつになったら到着するのか?
少し心配した。
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マラソン大会なんぞは事前に告知があるはずなんだから前もって道路状況を調べておくべきだといささか不愉快になった。
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by elfin05-2 | 2015-09-20 15:27 | 201509ロシア
10月20日(日) ロシア クレムリン観光
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【世界遺産】《©クレムリン観光》〈約2時間〉
(©武器庫、©ウスペンスキー寺院を含む)

クレムリンは、ロシア連邦の首都、モスクワ市の中心を流れるモスクワ川沿いにある旧ロシア帝国の宮殿。
ソビエト連邦時代にはソ連共産党の中枢が置かれたことから、ソ連共産党の別名としても用いられた。
現在もロシア連邦の大統領府や大統領官邸が置かれている。
正面には赤の広場がある。

ロシア語では「クレムリ」となり、「城塞」を意味する。
中世ロシアにおいて、多くの都市は中心部にクレムリンを備えていた。
モスクワの他、ノヴゴロド、ニジニ・ノヴゴロド、カザン、アストラハンにあるものが有名である。
しかしながら、日本語内において単に「クレムリン」と言った場合は、モスクワにある宮殿を指すことが多い。
モスクワのクレムリンはそれらのなかでも最も有名かつ壮大なものである。
城壁の総延長2.25km。20の城門を備え、内部には様々な時代の様式による宮殿や大聖堂(寺院)が林立している。

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モスクワ市街をさまようこと小1時間、やっとのことでクレムリンに到着した。
まず向かったのはトイレである。
もう中国人観光客は到着していてたが大混雑にはなっていなかった。
やはり道路の規制で遅れていたのか?
私たち男子トイレは比較的スムーズに利用することができた。
私が用を済ませ出るころにはもう長蛇の列だった。
特に女子は並んでいた。
これを並んだら見学はいつになるかわからない。
添乗員のアンナさんは意を決して女子を男子トイレに引率した。
まだ男子トイレには日本人利用者がいたので比較的大胆にに行けたみたいだ。
「ここは日本じゃないし、目をつぶってください。」
いい判断だった。
全員が用を済ませたころはさらに列は長く続いていた。

ここで男性の現地ガイドと合流した。
1グループに人数制限があり、私たちは2グループに分かれた。
が、ガイドは男性ガイドのほうが数段詳しく上手だったので、耳太郎は彼のチャンネルに合わせた。

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武器庫(武器宮殿、アルジェイナヤ・パラータ)クレムリンの南西、アレクサンドロフスキー公園に隣接している。
設計は、クレムリン大宮殿と同じくコンスタンチン・トーンの手による。
武器庫とあるが、後に戦利品やロマノフ家の宝物を保管するようになり、1720年ピョートル大帝の勅令によって美術館となった。
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コレクションには、13世紀から18世紀の武具・武器、14世紀から19世紀の織物、宮廷衣装、ロマノフ家の馬車などがある。

内部は撮影できないため写真は無い。

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1547年に、イヴァン4世の、ロシアで最初のツァーリとしての戴冠式が当大聖堂で執り行われた。また1721年より、ロシア皇帝の戴冠式の舞台となってきた。ロシア正教会の首座たる府主教・総主教の着座式もここで行われ、墓もここに設けられてきた。但しピョートル1世によってモスクワ総主教庁は廃止され、総主教庁が復活するのは1917年の2月革命の後になってからである。

ウスペンスキー寺院
1917年11月21日に大聖堂では、モスクワ府主教ティーホンのモスクワ総主教着座式が執り行われた。だが彼はソ連政府からのちに弾圧を受けて致命し、のちに列聖される。無神論を標榜し、正教会をはじめとして様々な宗教に弾圧を加えたボリシェヴィキ政権がモスクワに移ると、モスクワのクレムリン内の奉神礼は一切禁止された。1918年の復活大祭の挙行が、レーニンによって唯一与えられた特別の許可であった。この復活祭の奉神礼の最後の模様は、パーヴェル・コリン(en:Pavel Korin)による作品「さらばロシア(Farewell to Rus)」の主題ともなった。大聖堂の資産や宝物は没収され、クレムリンの武器庫(美術館)やトレチャコフ美術館などに移転させられた。
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〔大鐘〕
ロマノフ朝第4代のロシア皇帝、アンナ・イヴァノヴナが鐘の皇帝を作るよう命じた。
1733年にイワン・モトリンという鐘鋳造師が制作を始めた。
直接地面に型を掘った。この重さだと他に方法がなかったのだ。
装飾作業の間はずっと地面に掘った穴のなかに置かれていた。
洗礼者ヨハネ、ペトロ、キリスト、聖母、聖アンナの浮き彫りが現れてきた。
女帝アンナ・イヴァノヴナの姿、皇帝アレクセイ・ミハイロビッチ(ピョートル大帝の父)の姿も。
しかし、1737年5月20日、ほとんど作業の終わっていたのだが、鐘のまわりに作られていた木造の足場が燃える火事が起こってしまった。
鐘は温まった。装飾が解けるのではないかと心配され、鐘を冷やすことが決まり、鐘に水を注ぎ始めた。
これが大きな間違いだった。
急激な温度変化によりひびが走り、11.5トンのピースが欠け落ちてしまった。

これを直そうという試みが過去2回あったが、直しても音がおかしいのではなきかと結局あきらめてしまった。
1836年にモスクワのクレムリンに置かれ、ある種のシンボルとなる。
現在でも同じところに置かれている。

〔大砲〕
1586年にロシアの鋳造職人アンドレイ・チョーホフによって製作された。
重量約18トン、全長5.34メートル、口径890ミリメートル、外径1,200ミリメートルという大きさは榴弾砲史上最大の口径であり、ギネスブックにも記載されている。
この砲は戦時にぶどう弾を発射し、クレムリンを防衛するために造られた。
ただ、実際に使用されたことは一度もなく、当初から軍事力や軍事技術の誇示が目的であったという見方もある。
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クレムリンの見学が終わった。
天気が良くて暑いぐらいだった。
ここで合流した男性ガイドとお別れだ。
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by elfin05-2 | 2015-09-20 15:25 | 201509ロシア
10月20日(日) ロシア 昼食
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見学が終わり、バスを待つ。
今日はマラソンで渋滞が見込まれ、予定道理に事が運ばないようだ。
それにしても前もって連絡しておけば、こんなに待たすことは無いもんだ。
あとから来た団体は先に出発して行った。
モスクワのガイドとバスの連携はまったくできていない。これも彼らの人間性か?
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今日は晴天に恵まれ、陽の当たるところは汗ばむほど暑い。
30分ぐらい待ち、やっとバスが到着した。
13:10 昼食のレストランに向かう。
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13:30昼食
グム百貨店は時間の都合上割愛された。
そのお詫びに、阪急から飲み物を1杯サービスされた。
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昼食は、サリヤンカ
ソリャンカは、ボルシチと並び東欧を代表する料理であり、左岸ウクライナとスロボダ・ウクライナの農村に伝わるスープである。19世紀までは「セリャーンカ」と呼ばれた。二日酔いに効くスープとして好まれた。
ソリャンカは、ブイヨンの違いから肉のソリャンカ、魚のソリャンカと、茸のソリャンカという三つの種類に分けられる。ピクルス、オリーブ、キャベツ、レモン、クワス、マリネの茸を加えるので、スープは塩辛い。

ここでの時間は十分あった。
体も休めたので良かった。
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by elfin05-2 | 2015-09-20 15:19 | 201509ロシア
9月20日(日) ロシア モスクワ~成田国際空港
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15:05
好天に恵まれたモスクワとはお別れだ。
これからモスクワ空港へ向かう。(約31km)
道路は混雑無く走れた。
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モスクワ空港に到着後、旅行用手荷物をトランクに入れ、飛行機内で使用する手荷物と取り替える。
出国審査で機械のトラブルで私が最後まで取り残された。
客をお客様扱いしないのはこの国の人間性か?

何事が起こったかわからないで不安になっている旅行者に何の説明も無く、ぶっきらぼうに仕事をこなすだけだった。
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空港では十分時間があった。
残ったルーブルを使うことにした。
店員も愛想は無くお客様扱いはしてくれない。

エビアンの水を買ったのだが、2本で1100ルーブルぐらい請求された。
金銭感覚がわからなかったが手持ちは1000ルーブルぐらいしかなかった。
円換算すると1本1000円である。
日本では1本100円前後で買えるので桁間違ってない?
持ち合わせが無いと家内と話していると、店員は冷蔵庫の下のほうから別の水を出してきた。
それだと2本450ルーブルぐらいだったので、それを買った。

ピロシキ150ルーブルとあったので、それらしきパンを指差して、これを3つください。
といった。
800ルーブルぐらい請求された。
「え?」と思ったが、もうレンジで暖めているので不足の支払いはドルで支払った。
いったいいくらのものかわからなかったが、それはピロシキではなく肉と野菜をはさんだ揚げパンでずっしりとボリュームがあった。
どうしても食べたいものではなかったが、余計な買い物をした。
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時間になり搭乗。

モスクワ発19:00 8U-0262
《空路、帰国の途一》
(所要時間約9時間35分)
〈機中泊〉

機内では2回食事が出た。
お腹は空いていないが、長時間の飛行の気晴らしにはなる。
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到着1時間ぐらい前に添乗員アンナさんが挨拶に来た。
名残惜しいがお別れだ。
いいメンバーに恵まれて楽しいツアーだった。
無事に終わってよかったとお互い安堵した。

成田国際空港10:35着。
通関後自由解散。
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by elfin05-2 | 2015-09-20 15:10 | 201509ロシア